• ©伊藤香奈

青年団若手自主企画vol.81 宮﨑企画
『つかの間の道』”A Transient Way “

作・演出|宮﨑玲奈(ムニ/青年団)
2020年1月8日(水)-1月13日(月・祝) 全8ステージ @アトリエ春風舎

あらすじ

いなくなった親友にそっくりのヒサダさんに出会うカップル。
夫がいなくなり、姪と暮らしている女、近所に住むおばさん。
日常がちょっと変に歪んでいく、女の子ふたりの遠出。
今いる場所に、かつて、いた場所が重なっていく。
これは都市生活者冒険譚である。

出演


  1. 木崎友紀子
    立蔵葉子(梨茄子)
    石渡愛
    黒澤多生
    西風生子
    南風盛もえ
    (以上、青年団)

  2. 藤家矢麻刀

空間設計|渡辺瑞帆(青年団)
音響・照明|櫻内憧海(お布団/青年団)
照明操作|新田みのり
舞台監督|黒澤多生(青年団)
宣伝美術|江原未来
制作|半澤裕彦(青年団)
制作補佐|山下恵実(ひとごと。/青年団)
総合プロデューサー|平田オリザ
技術協力|大池容子(アゴラ企画)
制作協力|木元太郎(アゴラ企画)

当日パンフレットの言葉

◆「軽さ」について

物語を演劇で行う意味とはなにか、この演劇に、俳優も観客も集まって、時間を共有するということ、とはなにか。演劇で物語をする、ということは、演劇の出来事の力、嘘のつけなさ、をいかに考えていくか、ということにないだろうか。これまで、演劇の嘘のつけなさを「歪みの知覚」と言ってきた。いないことがいることになり、ないことがあることにもなる、現前することで見られるそれらの嘘、「歪みの知覚」は俳優を主導にして、動作がはじまること、その場が規定されていくことで有機的に働くのではないかと仮設を立てた。また、「歪みの知覚」は逆説的に、嘘をつかない、ということにもつながっているのではないか。「歪み」とは、あくまでも、「ない」という前提の上でわたしたちはやっていますよ、ということなのだ。

 

これらは、物語を見やすくする、観客と演者の「見る」「見られる」の関係を一義的なものにしないといった意図のもとで行われていく。物語をやる、戯曲を書くということを行ってもいるが、物語に没入しすぎることをそこまでいいとも思わない。どこかで物語に抵抗していく「軽さ」が必要な気がする。それは、「笑い」であり、どうなってるんだ、や、どこを追えばいいんだ、と「わからなくなること」でもあると思う。稽古場では定期的にジャルジャルの話をした気がするが、意味を音が追い越す瞬間をつくることが、今のところの、わたしが思う「笑い」なのかもしれない。

 

といっても、物語はごく個人的にやっているつもりで、すごくシンプルな方がいいと思っているくらいです。あまり大きなことは書けませんので、猫に追い回されただとか、妹と喧嘩しただの、身の回りのことから発想しております。しかしながら、ほんとうのところ、物語のことを、今はそこまで信じきれてないのかもしれません。

 

◆こばなし

本日はご来場いただきまして、ありがとうございます。新年早々ありがとうございます。

昨年大学を卒業して、もうすぐ一年が経とうとしています。なんとなく人よりも忘れっぽい気がして、日記を書いてみたり、毎日カメラで部屋からの景色を撮ってみたりして、演劇も同じような気持ちでやっている気がします。ベランダから見える景色も、毎日同じ場所からの景色なのに、微妙に違うように思えてきて、そのことに安心もするし、不安も感じます。毎日同じで、毎日あたりまえに違います。演劇もそれと同じことなんじゃないかな。忘れることへの抵抗を、忘れたくないという思いの方向でなく、忘れたくなかったと思っていた出来事や、見ていたことの記憶装置として、自分が思いだしていける方法を探しています。

観客もこの演劇の上演の一部です。

「つかの間の道」に協力していただきました、すべてのみなさま、ありがとうございます。